桂雀々さんご逝去の報に接し、心よりお悔やみ申し上げます。
11月20日に僕の大好きな落語家で、かけがえのない友人桂雀々さんが亡くなりました。謹んでお悔やみ申し上げます。
雀々さんとは、デビューの頃からのお付き合いで、僕らはいつも雀さんと呼ばせてもらってました。僕より年下だけど、なんか兄貴的なところもあり、本当によくしてもらってたんです。
とても不思議な関係でした。雀さんは、当時一緒に遊んでいた笑福亭笑瓶さんよりデビューが早かったこともあり、笑瓶さんも敬語だったため、僕もなんか兄貴のように感じていたのかもしれません。
ミュージシャンの僕を落語会に何度も呼んでくれたり、もちろん雀々さんの落語会も何度も見に行きました。そして雀さんの落語からいろんなものを学びました。それまで僕が思っていた落語って、いわゆる絶妙な話芸で、言葉を駆使しながら聴いてる人の頭の中にいろんな絵を見せたり、想像させたりする、言ってみれば落ち着いた大人の芸でした。ところが雀々さんの落語は、僕に言わせれば非常に肉体的でロック的で、その日のコンディションやお客さんの反応でどんどん変化していく、まるでライブのような落語でした。あんなに汗をかく落語家さんも珍しいと思います。でもその前向きさ、ひたむきさは、伝統を守りながらもそこに安住しない、そう本当にロックな落語でした。
僕はそんな雀さんの落語が大好きで、その落語会に呼んでもらった時は嬉しかったなぁ。その時は、雀さん自ら僕に高座用の着物を着せてくださり、最後は帯まで締めてくれて「ほな、頑張りやぁ」ってお尻を叩いてくれた。もちろん僕は落語はできないから、歌のストとしてだけど。そういえば、スタレビのライブを見に来てくれた時、終演後に「ライブでカミシモつけて話すおっさんは要ちゃんしかおらんでぇ」と笑いながらダメ出ししてくれたっけ。カミシモって僕もよくわからなかったけど、落語家さんが会話を演じる時に誰が話してるかわかるように、右向いたり左向いたりするヤツです。あれって、普段から雀々さんや笑瓶さんがやってるから僕も自然とそうなったんでしょう。いや、本当に普段から面白い人だったので、つい真似したくもなりますよ。
でも今もこうやって書きながら涙が出てきます。倒れられたという話を聞いたあとも、ライブが重なりお見舞いにもいけませんでした。悔やんでます。
雀さん、ホントにごめんね。
でもライブでは引きずってはいけないと、雀さんが観せてくれたように目一杯歌ったよ。お客さんもすごい拍手を送ってくれたし、俺も目一杯の笑顔でステージを降りるんだ。でも、汗拭いて顔洗ってると寂しさが込み上げてきちゃうんだよ。
そんな俺、雀さんは嫌いだよね。どんな時だって、病気の時だって、絶対に笑わせてくれたもんね。いくらなんでも早すぎだよ。今頃きっと笑瓶さんと再会して盛り上がってるんだろうね。
雀さん、まだまだ一緒に生きたかったよ。60代中ばであの落語がどんなふうに変わっていくのか、見たかったよ。まだまだ一緒に飲みたかったよ。
笑瓶ちゃんがそっちにいるから寂しくはないよね。でもね、こっちはむっちゃ寂しいんだよ。
俺はもう少しこっちで楽しみます。でも、いつかそっちに行った時、またいろいろ教えてくださいね。
年下なのに兄貴な雀さん、あなたに逢えて本当に幸せでした。
ありがとう。
スターダスト☆レビュー 根本 要